トモの頑張ってます!!

ダイエット、筋トレ、ストレッチ、読書、音楽について書いてます

今日はお勧め本。歎異抄。罪と罰。

おはようございます。
トモです。

今日は読書のお勧めの日。
前にも紹介したかもしれないけど改めて。
歎異抄」です。

今よく新聞の広告で宣伝してるのを見かけますが
確かに信仰の心構えについてはいい本だと思いま
す。念仏すれば幸福になれるとは思いませんが。

何はともあれ神や仏を信仰するにあたってどう
いう心構えですべきか滔々と書いてあります。
これは南無阿弥陀仏ですが親鸞聖人の信仰には
なかなか追いつかないなぁという感じです。

有名な善人往生を行くいわんや悪人おや、は有名
ですね。善人が極楽へ行けるなら悪人は尚更だと
言ってる。これは悪い事をしろというのではなく
悪人は改心するから往生しやすいということらしい。

本願ボコりといって変な解釈してこの言葉からわ
ざわざ悪事をする人も出てきそうなので注意が
必要だと言ってました。

阿弥陀仏大乗仏教の想像上の仏なので僕はイマ
イチ念仏唱える気持ちは出てこないんですよね。
南無とは帰依する。
要するにお任せするといった意味なので阿弥陀仏
に帰依しますという意味です。

昔は仏教は位の高い人しか教えを知らなかったの
でこの易行は民衆が喜んだことは想像に難くない
ですね。自分でも救われるんだという喜びは当た
り前の感情です。しかもただ南無阿弥陀仏と唱えればいいだけ。

信者はあっという間に広がったそうです。
でもそれに脅威を抱いた旧派の仏教徒の弾圧で
親鸞ほかは死刑あるいは流刑になってしまいます。

信仰とは形ではなく心の問題だと繰り返し親鸞
説いてますね。
南無阿弥陀仏と唱えるのに無心になれればいい。
救われるとか他の宗派とか考えてるようではダメ
だと。全てを阿弥陀仏を信じて唱えなさいという

学のない庶民はさぞ嬉しかったことでしょう。
でも今の日本では仏陀の本当の生き方など知って
南無阿弥陀仏と唱えて救われると信じてる人は
少ないと思います。

この本は阿弥陀仏にすがるという位置付けでなく
神や仏を信じる心構えを教えてくれる本ですね。
だからもっと広い意味で読むべきだと思います。
あらゆる本が焼けても歎異抄臨済録があれば
生きていけるという人もいるくらい。

人間は弱い生き物です。
だから何かにすがらないと安心して生きていけな
いのかなと思ってしまいます。

もう一つお勧めの本を。
罪と罰」です。

とあることから殺人を犯した人間が苦悩する物語
結果を言ってしまえば罪からは逃れられず刑務所
に入ることになりますが最後は救われるような終
わり方です。なので後味は悪くはないですね。

人間のいい面と悪い面を見るような感じです。
人はやはり悪事を起こすと不安になって色々些細
なことでも気になってしまうのがよく書かれてます。

やはり生きてる以上正しく生きるべきだと思わず
にはおられませんね。
悪事をして苦悩のうちに生きるようではどんなに
恵まれてても虚しいと思う。

人間は全く罪を犯さないで生きるのは難しいです
が努力はすべきだと思います。
そこが魂の向上にもつながるような気がしますし

読んで結局悪事をして平和に暮らすことはできな
いものだとつくづく思います。
そんな人生を歩むくらいなら死んだほうがましで
すね。心に重しを載せて生きるのはどんなに辛いことか。

良心を無視して生きるようでは毎日辛いだけです
誠実でもって人に接し日々正しく生きる努力をす
る。そこに人生の生きる意義や目的が生まれると思います。

これは小説ですが現実もありうる話だと思います
まだ小説だから安心して読めますが実際にこんな
ことした人はかなり苦しむ日々だろうと想像に難
くないです。まぁ中には罪を罪とも思わない人も存在しますが。

この小説は人として罪を作らないように生きる
大切さを教えてくれる気がします。
結局悪事は外に出てしまうものだと。
だから正しく生きる努力をしなければという感じです。

今日は「歎異抄」と「罪と罰」を紹介しましたが
どちらも人間の心について書いてますね。
心安らかに生きる術はどちらにも共通してると思
います。人間は苦悩する生き物ですがそれを減らす努力はできる。

だから生きる上で罪を作らずに生きなければなら
ない。そうすると自ずと心も軽くなると思う。
何より不安から解放されて充実した人生が得られ
るはず。罪を作ってしまっては後悔ばかりしながら生きることになる。

そんな人生は辛いだけですね。
誠実に正しく生きなくては人間として生きる意味
がない。万物の霊長として生きてる以上もっと
真剣に生きるべき。生きもをの殺して食べて生命
を保ってる以上他の生き物より立ち位置は一番上にあるのを自覚しなくては。

自分の生き方を反省する等意味では「歎異抄」も
罪と罰」もいいい本だと思います。
過ちを起こしたら反省して生き方を改めればいい
そういう風に両方の書物は言ってます。

やはり古典はそれなりに読み継がれるべき意味が
あるのかなと思います。

何か参考になれば幸いです。